まちのストーリー

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芸術は人を作る四街道市民ミュージカル実行委員会/事務局長 福井康良さん

ダイジェスト映像/MUSIC:BGM LAB.

 2019年夏の終わり、四街道市文化センターに集まった多くの観客は四街道市民ミュージカルの公演に胸を熱くしました。
 まばゆい光の中で高らかに歌い上げ、圧倒的な迫力とともに生命力に満ちあふれたステージを作り上げていたのは幼児から89歳のあらゆる世代の老若男女です。
 そのステージに立つ俳優たちはプロではありません。一般の市民たちが演者となり、裏方となり、公演を作り出しています。
 100人近い市民が約半年の時間の中で、絆を深め、それぞれが音楽に親しみ、演じることを楽しみながら全員で1つのミュージカルを完成させました。
 今回はその四街道市民ミュージカルを立ち上げたひとり、福井康良さんの半生と市民ミュージカルの取り組み、そして、その先に見据える四街道の文化にスポットライトを当てていきます。

真っ当な人間として生きていたい

 1944年に鳥取県で生まれ、自然豊かな環境で力強く育った福井さんは18歳で故郷を離れ、食品メーカーに就職。千葉県市川市にある職場に配属されました。当時は日米安保闘争など学生運動が盛んに行われていた時代だったこともあり、職場でも「自分たちの置かれた状況、環境を自分たちの力で改善するんだ」と息まく人が多く、福井さんらは労働組合活動に参加することになっていきました。
 昭和30年~50年代はこういった労働組合活動がいたるところで活発になっており、福井さんの職場も毎年その人数は増加の一途。福井さんもそのひとりでその活動にどんどんのめり込んでいったと言います。
 労働環境を改善させたり、賃金アップの要求を通したりと目に見える成果が見える一方、会社側からの弾圧とも言える厳しい状況に置かれたこともありました。経済的に追い込まれたり、信頼していた人の裏切りなど人間関係に苦しむこともありました。
 それでも福井さんは「何度人生をやり直しても、また労働組合活動に参加するでしょうね」と言います。そして「いつの時も真っ当な人間として生きていきたいという思いがあるんです。ラクな生き方や選択があったかもしれないけれど、それでも人として正当な主張をしていたほうが安心して人生を歩けると思うんですよ」と振り返り、歩んできた道に自信を覗かせました。

人生を変えた観劇

 当時の労働組合の活動には主軸が2つあり、1つは福井さんがそれまで熱心に取り組んできた環境改善や賃金アップなどを要求するために闘う、会社内での権利闘争。そしてもう1つは暮らしの中に豊かな文化を求める文化活動がありました。
 20歳の頃に一度、演劇に触れたときは、特段熱い想いを抱かず、その後も文化活動に消極的なまま、歳月が過ぎていました。
 しかし、50歳になって久しぶりに観劇したことが福井さんの人生をガラリと変えることになったのです。
 演劇界の老舗劇団・青年劇場の「キッスだけでいいわ」という公演で、外国人労働者が周囲から受ける冷遇に立ち向かいながら、明るく生きようとするストーリーでした。
 これまで労働組合で奮闘してきた自分自身の人生とリンクするようなストーリーに福井さんの心は大きく揺さぶられました。終わってからもその感動体験は胸に熱くとどまり続けたのです。
 この出来事をきっかけに、立て続けに社会性のある大きなテーマを扱った演劇、社会の矛盾を問うような芝居に触れて、20代では感じ取れなかった感動、人生をも変える感銘を受けていったのでした。
 「これまでの人生は、こういった文化活動を疎かにしていたなぁと感じました。もし、こういった芸術に以前から触れていれば、大きな視野で物事を考えられていたはず。労働組合の活動も違ったものになったかもしれないと……」
 社会的なテーマを扱う芝居には福井さん自身の世の中をよりよくしたいという人生観と重なる部分がありました。そして、「今からでも遅くない」と考えた福井さんは多くの仲間と「市川でよい芝居をみる会」を自ら立ち上げ、演劇の世界にのめり込んでいったのでした。その時の熱い感情が今でも演劇にこだわり続ける原動力になっています。

市民ミュージカルにたどり着くまで

 市川でよい芝居をみる会を発足した福井さんは52歳の時に船橋演劇鑑賞会にも入会し、のちに理事を務めるまでになりました。
 こういった会では、会員となった人から集めた年会費によって、年に数回、見たい演劇や自分たちがいいと思う劇団を呼び、芝居を楽しむことを大きな目的にしています。
 55歳の時には、職場が市川から千葉市の愛生町に移り、定年を迎える頃に「四街道でよい芝居をみる会」を立ち上げるなど、鑑賞活動を精力的に行ってきました。
 その一方で、衝撃的な出会いもありました。いつものように知り合いの参加している舞台を観る感覚で何気なく訪れた市川市民ミュージカルでした。演技のプロではない市民たち、それも大人から子どもまでが一緒になって、1つのミュージカルを作り上げる姿に何とも言えない感動を覚えたのです。
 この時の体験は特別なものとして福井さんの胸に残り続け、いつか四街道でも市民ミュージカルの団体を立ち上げたいと思うようになりました。
 約10年もの間、その思いを温め続けた福井さんは2012年、行動に移しました。市民ミュージカルの意義や理念、そして四街道における文化活動の重要性をA4用紙8枚にわたる企画書にまとめあげました。
 この企画書を周囲の人に見せたところ、ぜひ実現させてほしいという声が多く、財団法人四街道市施設管理公社(現 公益財団法人四街道市地域振興財団)に働きかけるに至りました。そのほかにも、多くの支援者の後押しがあってトントン拍子で団体発足の目途が立っていったのです。
 着々と準備が整う中、福井さんは市川市民ミュージカルの公演スタッフに参加し、さまざまなノウハウを吸収。市民ミュージカル運営の「いろは」を学んだ上で、2013年に「四街道でよい芝居をみる会」のメンバーが中心となって念願の「四街道市民ミュージカル実行委員会」が発足しました。そして同年の初公演へと走り出したのです。

あらゆる人が自分らしく舞台に立てる

 亀崎地区の熊野神社に伝わる台詞のあるお神楽『狐どり』を題材に四街道の里山を舞台に動物と人間の関わりを描いた初公演「里山交響曲」以来、四街道市民ミュージカルでは、つねに四街道に深いかかわりのあるテーマや舞台を題材にしてストーリーを作り上げています。
 第2回公演では演者が174人という大迫力の舞台となり、それ以降も毎回100人前後の出演希望者が押し寄せる人気が続いています。
 歌うことが好きな人、舞台に立ちたい人、演劇を愛する人、それ以外にも障害を持つ人や幼児も学生も高齢者も、あらゆる市民が参加することができるのが四街道市民ミュージカルです。それぞれが自分たちらしく演じられるよう、配役やセリフなどにも工夫がされており、参加することにいかなるハードルもありません。
 2年に1回の公演ペースで、子どもたちが稽古に参加しやすい時期として毎回夏休みの最後の土日が公演日に設定されています。初めの稽古は初対面が多いこともあり、緊張感がありますが、5月には里山ハイキングの川遊び、7月にはバーベキューやキャンプファイヤー、ホタル鑑賞といったレクリエーションもあり、子ども同士はもちろん、大人も一気に結束力が高まります。

 直前になると本番同様に文化センターホールの舞台に実際に立ち、連日熱の入った稽古が繰り返され、公演日を迎えることになります。

第4回公演 0番線の汽車に乗って

 2019年8月31日、9月1日の両日「0番線の汽車に乗って~四街道駅ものがたり~」という演目が四街道市民ミュージカルの第4回公演として行われました。
 東北から四街道に引っ越してきた一家のおじいさんと小学生が、友人たちとともに、現代の四街道駅にある0番線を走る不思議な汽車に乗って時間旅行をするストーリー。さまざまな時代の四街道駅が登場し、そこで出会う当時の人とのふれあいの中で、それぞれが抱えていた悩みを乗り越えていくという成長の物語です。
 稽古中には、過去作品すべてに携わってきた音楽監督の安藤由布樹氏が長期入院するというピンチもありましたが、音楽担当の指導者が一丸となって作曲のサポートや編曲、歌唱指導に取り組み、乗り越えることができました。演出面でも、本番ギリギリまでこだわり、いいものを作りたいという想いの詰まった舞台となりました。
 100人近い演者たちが一堂に歌うシーンは圧巻。歌の持つパワーと大勢の人から放たれる生命力が観客席を包み込み、2日にわたって公演された舞台は大成功に終わりました。

子どもたちの成長が大きなやりがい

 毎回、参加者を募集してから上演まで約半年間の活動を行いますが、その期間の中でめざましく成長していくのが子どもたちです。
 最初はどんな子でも戸惑うことばかりかもしれません。セリフや歌、段取りと覚えることが多いだけでなく、人前で歌ったり、演技をしたりと、普段なら気恥ずかしいことの連続。
 それでも、同じような気持ちでいる子どもたちと歌や演技を通して、心を通わせていくうちに、1つの大切な居場所になっていきます。
 そして、普段は関わり合えない高齢者や異なる年齢の学生など家族以外の人との関わり合いや稽古によって、技術的にも精神的にも成長を見せると言います。
 最初は人前で話せないような内気な子どもも、半年間で自信をつけて、変わっていきます。舞台で立派に演技をすることはもちろん、打ち上げで自主的にマイクを持って自分の言葉で挨拶を始めるなど、以前は見られなかった積極的な姿に、その子の母親は涙なしではいられません。
 親に連れてこられたような、やる気のなかった子どもも、みんなが真剣に稽古に取り組み、1つのものを創り上げていく過程を見ていくうちに、自分もその中に入りたいと自ら行動していくようになると言います。
 「こういった感動が毎回あるんです。ミュージカルをするには、いろんな課題や失敗も多くて、毎回体重が2~3kg減るくらい大変なことなんだけども、こういった子どもたちをたくさん見てきて、本当にやってきてよかったと思うし、喜びをいつももらえます。苦労とか大変な思いはすっ飛んで、いい思い出に変わっちゃうんですよ」と頬を緩めます。

 演技や歌の専門家による本格的な指導を受ける中で、子どもたちばかりではなく、大人たちも、そこで知り合った仲間とのかけがえのない絆が芽生えていきます。仕事や家事など、日常の中にはない緊張感、高揚感を味わうことができ、非日常のミュージカルの世界でしか味わえない冒険心も掻き立てられていきます。
 真剣にミュージカルに向き合うからこそ、大人であっても子どもであってもその先に何らかの成長があり、いくつになっても、仲間とともに1つのゴールを目指すという「青春」がそこにあるのです。

芸術は人を作る

 福井さんが大切にしている言葉があります。
 かつて、訪れた講演会で耳にした「芸術は人を作る」という言葉です。
 「音楽にしても絵画にしても演劇にしても、芸術に触れて、何かを感じるという経験をすることが大切だと。そこで感じたもの、得られた感情が人を変えていくんです。だから、子どもの頃にそういった芸術に触れる体験はとても大切だと私は思っています」

 作品のテーマや作者がそこに込めた意図を考えたり、主人公のバックボーンを読み取ったり、純粋に作品から放たれるエネルギーを受け取ったり、私たちは芸術からたくさんの刺激を受け、感情を動かしていきます。福井さんはそういった芸術の力が人の心の成長に大きく関わっていくのだと言います。
 芸術に触れ、想像力や広い視野を持って、豊かにものごとを考えられるような人が増えていくことは、社会全体をよりよく変化させていくことにも繋がるのだと福井さんは信じています。
 「だからこそ、義務教育のうちに子どもたちには芸術に触れる機会を持ってほしいと思ってるんだよね」
 そう語る福井さんは現在、市内の小学生に市民ミュージカルを観る機会を作れないか、学校や教育委員会に働きかけるなど、少しでも芸術に興味を持つ子どもが増えるよう活動を続けています。

四街道の文化、未来を思う

 福井さんは市民ミュージカルの他にも、四街道の文化活動を長期的な視点で考えていく「四街道文化ネットワーク」という団体を立ち上げることを目標にしています。
 子どもたちをはじめとする市民に文化活動に触れる機会を提供することや、文化活動に必要な建物や施設などハード面のあり方などを考えていく団体です。
 「今、四街道の文化活動について未来を語れる人が少ないんです。どういう未来にしたいのか。それを誰かが考え始めないといけない」と福井さんは語ります。
 文化センターや公民館をはじめ、市民が集うことができる施設は市内に6つあり、地域文化を育む上で、大きな役割を担っています。しかし、そのうち5つは老朽化が進んでおり、今から先を見越した計画の必要性を福井さんは感じています。
 「建て替えるのか、解体するのかは、そのまちの文化活動の位置づけや意識に左右されます。もし、なくなってしまえば、このまちの文化の衰退につながるでしょうね。だからこそ、私は多くの人に文化活動に興味を持ってもらいたい」
 福井さんは文化活動を活性化させることを通して、希望を持って歩むことができる社会づくりを目指したいと話します。芸術に触れ、多くの感動を経験することで豊かな感情、想像力を持った人たちが増えていけば、互いを思いやれる誰もが住みやすいまちになることでしょう。
 また、文化活動を通じて、さまざまな世代が交流し合い、人と人とが繋がることも大切です。現代では、少なくなってしまった世代間交流を積極的に持つことで、地域全体の地力が育まれ、安心安全に暮らせるまちづくりにつながるのでは、と福井さんは考えています。
 「市民ミュージカルも、子どもと高齢者が関わりあう世代間交流が1つの狙いでもあります。この活動に関わらず、この地域で生まれて、いろんな人に見守られて育った子どもたちが、いつか、地域の公民館でまちの人にも祝福されながら結婚式を挙げる、そんな未来があると嬉しい。そのためには、日々の生活の中でも私たち世代は、子どもたちとの関わり合いを大切にしないといけないですよね」

 子どもたちが地域に愛着や誇りを持って、そこから胸を張ってその先の人生へ踏み出せるまちにしたい。それが福井さんの願いです。
 「次の世代に何かを残していきたいなんて、偉そうなことをしたいわけではないんです。ただ、私たちがやってきたことのバトンを繋いでいきたい」
 若い頃は労働組合の活動に邁進しバイタリティに溢れた福井さんは、いつも真っ当な社会、希望を持てる未来を考えてきました。そして今は、文化活動を通じて、四街道のまちの未来、そして子どもたちの健全な成長を考え続けています。
 福井さんの活動は、その先を生きる四街道市民へのエールでもあるのです。

取材・記事:村井暁子