まちのストーリー

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「食」が見出す生きがいと温かな居場所日替わりシェフの店 さくらそう/会長 佐藤康範さん

ダイジェスト映像/MUSIC:BGM LAB.

 「食事にでも行きませんか?」
 仲良くなりたいとき、じっくり話してみたいとき、私たちはその人を食事に誘います。
 食事によって、その場が和み、自然と話しが弾みます。食べることは、栄養を補給するだけでなく、人と人とが関わり合う上でとても大切で意味のある時間にもなるのです。
 四街道には「食」を介して、人が集い、人と人をつなげるコミュニティレストランがあります。四街道市役所から徒歩2分の裏路地にある民家を利用して営業している「日替わりシェフの店 さくらそう」です。
 日ごとに得意ジャンルの異なったシェフたちが、それぞれ自慢の料理をランチとして一律800円で提供しています。営業日ごとに違ったメニューが並ぶため、飽きずに繰り返し訪れたくなるレストランです。
 このレストランは、食事が終わっても慌てて席を立つ必要はありません。
 「その日、一度席に座ったら、その席は営業時間中ずっとその人のもの」
 これがこのお店の基本姿勢です。
 今回は運営を担う会長でありながら、自身もシェフとして腕を振るう佐藤康範さんの言葉で「日替わりシェフの店 さくらそう」のストーリーを見つめていきます。

蕎麦との出会い

 佐藤さんは現在、さくらそうで蕎麦屋「寝床庵」と、むぎとろご飯の定食を出す「むぎとろ屋」を営んでいますが、もともとはごく普通の会社員でした。
 佐藤さんは、大学卒業後にカーステレオの販売会社、貿易関係の会社と渡り歩き、シンガポール駐在も経験。その後、ドイツ製乗用車の輸入販売会社に転職して営業業務担当の後、部署異動に伴い勤務地が山武市へと変わり、それまで住んでいた神奈川県を離れ、平成元年に四街道に移り住みました。
 もともと料理が好きだったという佐藤さんは、大学時代に中華料理屋でのアルバイトで料理の知識を身につけ、結婚してからも趣味で料理を作ったり、子どもたちを連れてキャンプに出掛けては、様々なアウトドア料理にチャレンジしたり、生活の中で料理に慣れ親しんできました。
 そんな佐藤さんが定年を迎える数年前、ふと立ち寄ったスーパーに蕎麦粉が売られているのを見たのが蕎麦打ちとの出会いでした。
 「今になってみると、何でそうしようと思ったのかわからないけど、十割蕎麦を打ってみたくなって」
 そういった衝動から始めた蕎麦打ちでしたが、全くの素人に十割蕎麦を扱うだけの技量があるはずがありません。本を読みながら独自で工夫を重ねるも苦戦が続きました。その後、旭公民館で行われていた蕎麦打ち教室の門を叩き、そこで改めて蕎麦打ちのいろはを学んでいきました。
 「僕は昔から何かやり始めても、ある程度までいくと辞めたくなるんだけど、不思議と蕎麦はいまだに続いているね」と佐藤さんは笑います。

 蕎麦打ち教室で基礎を学んだあとは、独学で追及していきました。インターネットを使って広く情報を得て、様々なノウハウも吸収。蕎麦粉は様々な産地から取り寄せ、それぞれ作ってみて比べた結果、常陸秋蕎麦をメインにすることを決めました。蕎麦の味を際立たせるつゆには、市販の希釈液型のめんつゆは使用せず、厳選した良質な鰹節を煮出して出汁をとっています。かえしに使用する醤油、みりん、砂糖も最上級のものを選び、すべてにこだわりぬいた自慢の蕎麦に到達しました。
 「飽きずに、好きなままなのは蕎麦とビートルズとクイーンぐらいだよ」と照れ臭そうにする佐藤さん。蕎麦打ちを初めておよそ10年たった今も、心を惹きつけて離さない奥深さが蕎麦にはありました。
 丹精込めて作った料理、その味を大好きな人たちに楽しんでもらうこと、それは作り手にとって何にも代えがたい喜びです。60歳で定年を迎えた佐藤さんには時間もたっぷりあり、家族や友人以外にも多くの人を喜ばせたいという意欲もあふれていました。
 そういった思いから、友人とともに千葉市内にあるスナックを昼間に活用する日替わり蕎麦屋をオープン。約1年半の営業を経てその後、東金市の山中にある土日だけ営業する蕎麦屋で約1年、一般のお客様に料金を支払っていただいて蕎麦を提供してきました。
 その間に佐藤さん自身の技術も研ぎ澄まされていきました。そのころの常連だったファンは、佐藤さんの美味しい蕎麦を求めて、わざわざ四街道にやってくることもあるそうです。
 東金の蕎麦屋を辞め、これからどうしようかと模索していた佐藤さんでしたが「女房が四街道に日替わりシェフの店ができるっていう情報をキャッチして『一日中、家でぼんやり過ごしていたらボケちゃうから、こういうのに参加したら』と言われて」と、この時すでにオープンに向けて動き出していたさくらそうにシェフの一人として参加を決めました。
 佐藤さんは、シェフとして活躍する一方で、それぞれのシェフを取りまとめ、運営面を統括していく事務局を自ら立ち上げ、平成26年からは会長に就任。会社員時代に培われたマネジメント力をいかんなく発揮しながら、さくらそうを支え続けています。

さくらそうができるまで

 平成31年現在、開店8年目を迎えるさくらそう。
 平成22年10月、市民活動をサポートする「みんなで地域づくりセンター」のコーディネーターである毛見文枝さんが、このセンター開設後、食をテーマにしたコミュニティを提案したのが始まりでした。
 「ワンデイシェフの魅力」と銘打った第1回地域づくりサロンには20名ほどの人が参加しました。プロではない市民が日替わりで自慢の料理を提供する日替わりシェフレストランは、お客様から料金をいただいて料理をふるまうという、作り手としてのやりがい、楽しみを見出す新たなきっかけ作りとして注目され、子育てに区切りのついた女性や定年を迎えて時間に余裕のあるシニア層が集まりました。
 すでに県内で日替わりシェフの店を開いている方を講師に迎えて勉強会を行ったり、実際に現地のお店に行ってノウハウを吸収するなど、数回の活動を経て、四街道市内に日替わりシェフの店を開店させる計画が実現化していきました。
 資金調達から始まり、空き家となっている民家との契約、さらにはレストラン営業のためのキッチンの改装、実際にシェフになる人たちが営業をするための実習会など様々な準備が進んでいきました。そして、平成24年1月、市の花である「サクラソウ」を店名にし、約15名のシェフとともに「日替わりシェフの店 さくらそう」がオープンしました。

さくらそうの理念と意義

 さくらそうでは、佐藤さんのほかに和食、イタリアン、フレンチ、カレー、巻きずし、田舎料理など様々なシェフが独自のメニューで営業しており、四街道のご当地グルメを研究、開発している「よつグルメ研究会」や四街道北高校のクッキング部が年3回営業する「高校生レストラン」を含め、現在11組のシェフが腕を振るっています。

 様々なシェフがそれぞれ活躍していますが、さくらそうには大切にしている理念があります。
 そのひとつが「地産地消」です。四街道には新鮮な農作物が豊富にあります。旬の採れたての野菜は栄養価も高く、味も格別です。市場に出回らなかった美味しい野菜をさくらそうのシェフが使用することで、お客様に地元の野菜の美味しさを知ってもらうのと同時に、生産者も応援していくという考え方です。基本的には四街道産の野菜を積極的に使用することが第一ですが、そうでなくても、産地がはっきりした安心・安全な食材を使うことを大切にしています。
 野菜の生産者自らがシェフになっているケースもあり、たっぷりの野菜を使った彩り豊かな健康的なメニューが多いのも女性からの支持につながっています。
 そして、もう一つが、冒頭に出てきた「その日、一度席に座ったら、その席は営業時間中ずっとその人のもの(※1)」という姿勢です。コミュニティレストランであるさくらそうの最大の特徴であり、魅力でもあります。
 通常の飲食店であれば、回転率を上げて利益を生み出していきますが、さくらそうは食事の注文さえしていれば、そのあとも、そのままゆっくりと過ごすことを歓迎しています。
 「さくらそうは、ただ単に食事をしていただくだけでなく、一人で来ても、大勢で来てもお客様の憩いの場になることを目的としています。この場を利用して地域の皆さんが集まって、楽しい時間を過ごしてほしいですね」と佐藤さんは言います。

 食事や飲み物の持ち込みはできませんが、食後にコーヒーを注文し、閉店まで友人とゆっくりとおしゃべりをする「カフェ代わり」に使うこともできます。
 また、膝や腰に痛みのある高齢者は起居の楽なイスとテーブルの席に、乳幼児や小さな子どものいるグループは、子どもを寝かすこともできる座敷の席に案内するなど、様々な年代に配慮したお店づくりを意識しています。
 「子ども連れのお母さんは、子どもたちがうるさくて迷惑をかけないか、お店選びに困ることもあると思いますが、気兼ねなく利用していただけるし、お母さんたちがリフレッシュできる場になればうれしい」と佐藤さん。
 知り合いの家に遊びに来たような素朴で飾らない、温かい空間もまた、自然と会話を楽しむことのできるのんびりとした時間を演出しています。
 さくらそうは、料理を楽しむレストランでありながら、訪れる一人ひとりを温かく迎え入れてくれる確かな居場所でもあるのです。

※1 一部、シェフによって異なります

シェフは資格不要 プロを目指す人も趣味の人も

 一日だけオーナーになれる日替わりシェフは、自慢の料理の腕を家庭で披露するだけでなく「多くの人に食べてもらいたい」と考える人が無理なく挑戦できる仕組みです。
 さくらそうでお店を開くのに特別な資格はいりません。食品衛生責任者は佐藤さんが務め、保健所の検査や、営業許可証の取得はさくらそうで行なっています。美味しい料理を提供したいという気持ちがあれば、だれでもシェフになることができます。
 メニューはシェフがその日ごとに自由に決めています。自分自身で食材を吟味し、それぞれのコンセプトを反映した料理を提供することが可能です。

 シェフになる際には、面談と併せて、大腸菌検査を実施します。また、他シェフのアシスタントにつく現場体験を経て、メインシェフに昇格。お客様に提供する料理すべてにおいて2週間の冷凍保存を義務付ける検食を行っているほか、生もの提供を禁止し、衛生管理を徹底するようにしています。
 シェフの中には、自分のお店を開く前の体験としてさくらそうをステップにしていく人もいます。自分で店舗を持つ必要がなく、営業許可など様々なハードルを取っ払って、お客様に料理を提供する経験を得られるのが、日替わりシェフの魅力です。
 どういったコンセプトにしようか、どういった料理が喜ばれるのか、食材をどう扱うのか、コスト計算、人材をどう扱い、指導するのかなど、お店経営をするうえで、考えなくてはならないことのほとんどを、実際にお客様に料理を提供しながら、シミュレーションすることが可能です。
 四街道市の畑で年間100種類以上の野菜を作り、全国の家庭や店舗に直送をしている「キレド」もその1つです。さくらそうでの経験を経て、現在千葉市にある人気レストラン「キレドベジタブルアトリエ」をオープンさせ、多くの人の舌を楽しませています。
 同じく、四街道市鹿放ヶ丘地区で農業を営む渡辺ひろみさんも、さくらそうのシェフを経験してから、平成30年に旬の食材を使ったおもてなし料理を提供する「プラン-プラン」を開店しました。自宅で取れた新鮮で美味しい野菜をふんだんに使った、見た目も素敵な料理はさくらそう時代も好評で、新規開店の際は、その時に獲得したファンに案内状を送るなど、さくらそうでの活動が大きな弾みとなりました。
 「プロ志向の人がさくらそうを利用してくれるのも嬉しいですし、『ただ料理作りが好きだから」っていう気持ちの人でも、気軽にシェフとして参加してくれたら嬉しいですね。休みの日に出掛けて、何かしら遊ぼうと思うと、あっという間に1万円ぐらいお金がなくなっちゃいますよね。でも、その代わりに、さくらそうで料理を作って、お客様に提供するっていうことを楽しみにしちゃえば、逆にお金をいただける。そういった感覚でもいいと思いますよ」
 調理を得意としていて、日々の生活の中で楽しみにしている人は、潜在的に多いでしょう。さくらそうは、そういう人たちにとっても、人生を豊かにし、活躍できる居場所となるはずです。

お客様の喜びの声がシェフの生きがいに

 佐藤さんが営業する寝床庵での自慢の蕎麦は、のど越しの二八蕎麦か蕎麦の香りを楽しめる十割蕎麦から選べます、カリッと揚げたての野菜天ぷらでいただく冷たいせいろ、温かいかけ蕎麦の他、冷たいそばを鶏や豚ばら肉の温かい汁で頂けるつけ蕎麦など取り揃えています。蕎麦の前の「蕎麦屋の出汁巻玉子」も好評です。また、きざんだネギの芯を一つ一つ取り除くなど、妥協のない丁寧な仕事ぶりを続けています。
 「私がお店をする時には、必ず来店される人たちもいらっしゃるし『つゆの味がとんでもなく美味しいね』とお褒めの言葉をいただくこともあって、本当にうれしいですよ」

 食べてくれたお客様の温かい言葉が佐藤さんの大きなやりがいに繋がっています。
 「家族に毎回作って食べさせていても、飽きられちゃうし『また蕎麦?ファストフードが食べたい!』なんてこともよく言われたもんです。他のシェフもお客様に『美味しかった』『どうやって作るの?』なんて言われることもあるそうで、家庭で作っている時とは違った喜びになるし、励みになるはずです」と佐藤さんは代弁します。
 シェフたちは、どうしたらお客様に喜んでもらえるか、味を追求できるか、それぞれが工夫しながら研究を重ねています。そういった努力を経て、自分が作った料理を料金を支払って食べていただく、そして美味しかったと喜んでもらうことは、特別な達成感があります。それがシェフたちの大きな喜びや生きがいにつながっているのです。

さくらそうの広がる可能性

 日替わりシェフによるランチ営業が基本となるさくらそうですが、それ以外にも様々な使い方が広がっています。
 イベントに出店し、料理やスイーツなどを販売する際にさくらそうのキッチンを利用して調理を行うレンタルキッチンとしての使い方が可能です。
 また、自分たちが用意した料理を持ち寄って、広々とした部屋で会食をしたい場合や夜の時間に飲み会をしたい場合など、貸し切りのレンタルスペースとしても活用することもできます。
 そのほか、趣味のサークルなどが、ランチ営業のない日にレンタルスペースとして利用することもできます。その際に、コーヒーの注文をするお客様もおり、趣味の時間をより温かなひと時に演出しています。このように、人が集う場としてさくらそうは、多くの可能性を秘めているのです。
 そして、平成30年11月からは、安価でカレーを提供する、子ども食堂「みんなの学食 りんごとはちみつ」がオープンしました。
 毎月第一火曜日の16時にオープンし、18時に全員で「いただきます」をして食べ始めます。「日替わりシェフの店」同様に、食事の前後の時間の過ごし方は自由です。友達とおしゃべりをして過ごしたり、一人で読書をしたり、宿題を済ませるもよし。ゲームをしていても問題ありません。
 お腹を空かせた中高生や仕事帰りのお母さんと待ち合わせて来た子どもなど、様々な人に訪れてもらいたい食堂です。こういった活用ができるのも、温かみのあるコミュニティづくりをしてきたさくらそうが持つ力ではないでしょうか。

地域に支えられ、多くの人が必要とする場所に

 佐藤さんはシェフとして活躍する一方、会長を務めながら、事務局の業務を一手に引き受けています。11組いるシェフの予定調整、それぞれのメニューのヒアリングに始まり、様々な情報をお客様に知らせるために、ホームページやFacebookを更新していきます。また、予定表を含めた広告のチラシを作成し、市内各地に配布する作業や、お店のメンテナンスや備品の補充など、日々さくらそうに関わる多くの仕事を担っています。
 平成24年のオープン以来、さくらそうの運営は山あり谷ありの状況でしたが、平成29年に大きな危機が迫ります。
 訪れるお客様の減少やシェフ不足が重なり、経済的に苦しい状況に追い込まれてしまいました。「あの時はいよいよ、もうダメだというところまできていました」と佐藤さんは振り返ります。

 しかし、さくらそうに場所を提供している大家さんの温かい支援やこの場所を必要としてくれる人たちに背中を押されて危機を脱することができました。
 さくらそうは誰か一人のお店ではありません。佐藤さんを含めたシェフたちにとっても、訪れるお客様、そして地域にとっても失いたくない温かな場所になっていたのです。
 「これからも蕎麦を出す場所を失いたくないし、今ではさくらそうを続けていくこと、それが生きがいの一つになっていますよ」
 この場所を必要としている多くの人や地域の支えが、様々な業務をこなし、日々尽力する佐藤さんを突き動かし続けています。

人生を豊かにする食事を

 「食」を通じて、人の居場所になることを目的に始まったこのさくらそう。
 料理を多くの人にふるまいたいと考える人と、美味しい料理を食べたいという人をつなぎ、食事を軸に考える新しいコミュニティとして生まれました。
 地元の野菜、産地が明確な食材を使用した安全で美味しい料理を食べることができ、営業時間内であれば、その席で自由に時間を楽しむことができる、人に寄り添ったレストランです。
 調理を楽しむ人たちにとって、作り手としての新たな居場所になり、訪れる人にとっても食事を通じて気軽に集うことができる確かな居場所になっています。
 人とのつながりを感じながら食事をすることは、私たちの心を、人生を豊かにしてくれるはずです。さくらそうは、一人で訪れても、大勢で集まっても、それぞれの憩いの場となり、人生を彩るコミュニティとして寄り添っていきます。

取材・記事:村井暁子