まちのストーリー

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子も親も育ちあう自然の中の保育よつかいどう野外保育 さとのたね/代表 岸本梓さん

ダイジェスト映像/MUSIC:BGM LAB.

 愛おしい我が子であっても子育ては苦しいものです。子どもと向き合おうとすればするほど、思いどおりに事が運ばないことへの苛立ち、難しさに直面し、苦しく、孤独感を募らせていくことがあります。
 育児は父親、母親の双方が協力して担うことが望ましく、近年その考えは広く浸透しつつあります。しかしながら男性の育児休暇取得率は上昇傾向にありながらも、2017年度の厚生労働省の調査では、女性が約83%なのに対し、男性は約5%と低い値が発表されています。このことから、男性の育児参加がまだまだ途上段階にあることがわかり、出産、授乳など子どもが生まれ育つ過程で密接に関わっていく女性が必然的に育児の多くを担う現状が見えてきます。
 子どもたちに寄り添った保育を目指して「よつかいどう野外保育・さとのたね」を運営している代表の岸本梓さんは、育児を経験した母親の多くが感じる「子どもは愛おしい、でも子育ては苦しい」という想いを受け止めていきたいと考えています。
「お母さんがお母さんになれてよかったと思えることが大切なんですよね。自分を受容し、一緒にいる仲間を頼って育児に向き合う場を作っていきたいです」と岸本さんは言います。
 自然の中で子どもたちを育てる野外保育、そして保育者とともに保護者同士が子どもを預け合う協同保育という選択肢をご紹介すると同時に、四街道で初めて野外保育の場を作り、現在はさとのたねの代表を務める岸本さんが歩んできたストーリーを辿っていきます。

生きるパワーを育む野外保育

 野外保育と言っても運営形態は様々で、専任の保育者を立てず、保護者たちが当番制で活動に参加し、子どもを預け合っていく自主保育型のほか、専任の保育者と当番制で担当する保護者とが子どもを見る協同保育型、さらには専任の保育者だけで子どもを預かる主宰者型、自然学校などが運営に携わり、毎回親子で参加するような週末開催型などがあります。
 幼稚園、保育園、こども園といった保育(教育)施設と決定的に違うのは、園舎がない点です。散歩をはじめ、田んぼや畑で農作業を行ったり、山、森、海などの自然を舞台に活動しています。暑さ、寒さに関わらず、年間通して野外で過ごし、多少の雨風ぐらいであれば、雨合羽を着て野外で活動するのが基本とされています。
 もう1つの特徴として、子ども自身でものごとを考え、行動できる雰囲気を作るために、大人は一歩下がったスタンスで見守ることが挙げられます。そういった状況下で、子どもはその時その時の感情を大事に、自然の中でめいっぱい遊び、仲間との関わりの中で成長していくのです。
 そして、自然の営みの中で様々な「快と不快」に出会います。気持ちのいい晴天、木陰で感じるさわやかな風。そして靴にしみこむ水の気持ち悪さ、凍えるような寒さ。自分の力では太刀打ちのできない自然という環境に身を置くことで、五感を研ぎ澄まし、様々な状況に順応する力を身につけていくようになります。
 こういった「たくましさ」「生きるパワー」を育む野外保育が四街道にも根付きつつあります。

自ら育ちゆく力を信じるさとのたねの保育

 さとのたねは、専任の保育者と当番の保護者数名との協同保育という形をとっています。1歳半〜3歳(年少)までの幼児が入会することができ、1〜2歳が在籍する「たね組」と3歳が在籍する「さと組」に分かれて活動しています。各組に一人ずつ専任の保育者と保育当番の保護者数名が付き、週2〜3回、四街道の森や里山をフィールドに保育を行っているのです。

 運営は、岸本さんをはじめ、スタッフとともに保護者たちもそれぞれ役割を担っており、全員が救急講習や野外活動における安全管理に関する説明を受けて、緊急の事態にも対処できるように備えています。マナーや周辺地域への配慮についても全員が情報を共有していくように心がけていると言います。
 さとのたねは専業主婦だけの会ではありません。仕事をしている父親であっても、休日に行われる父子散歩、季節のイベントなど参加できる行事がたくさんあり、通常の活動にも父親の参加を歓迎しています。
 子どもたちは野外での活動を通じて、豊かな自然と仲間とのつながりの中で様々なものに好奇心を持ち、想像力を働かせるようになります。最初は泣いてばかりだった1歳半の子どもも、こうした環境で活動するうちに、自立心が生まれていくのと同時にともに活動する子どもたちに対して、強い仲間意識が芽生えてきます。

 「3歳までの子どもって、お母さんと離れるのは難しい時期だけれど、離れている時間に、すごく成長するんです。その力が芽生え始めるのが1歳半ぐらい。興味を示したものに向かっていくようになる月齢です。それは人に対しても同じで、言葉は出なくても、アイコンタクトをするし、泣いている子がいたらそばに行って顔を覗き込んだりします。人と関わりたいという欲求もそのころに芽生えるんだと思っています」と岸本さんは言います。
 自己主張が増える魔の2歳児とよばれる時期になると、喧嘩も増えます。しかし、その喧嘩は、相手を知るきっかけになり、3歳になると他者が自分とは違うものの見方をしていることに気づいていきます。
 「そういった成長の過程って、これから生きていく上でとても大事な部分だと思います。一番感性が豊かなこの時期に子どもたちが身近な自然に触れたり、仲間との関わりを通じて、気持ちを揺らしながら過ごすこと、そして、そこでの体験と心の動きを大人に受け止めてもらうことで、子ども自身が感じて、選んで、決める、そしてその結果を受け入れるといった、自分の根っこを培うことにつながっていくと思っています」

 さとのたねの大人たちは、大きなケガや命に関わる危険がないかぎり、先導するのではなく、一歩下がったスタンスで子どもたちを見守ります。喧嘩も一方的なものでないかぎり、介入を控えます。これが子どもたちの考える力や自己決定力を育むことにもなります。
 こういったとき大事なのは、大人の関わりです。問題が起こったとき、子どもたちの行動の裏側には、それぞれ抱えている気持ちがあります。さとのたねでは、その気持ちに対して、まずは肯定的な言葉をかけながら受け止めることを大切にしています。子どもはそのままの自分の気持ちを受け止めてもらうことで、相手にも同じように「気持ち」があることに少しずつ気づいていきます。できるだけ、子どもが主体的に感じて、考えて行動していけるように、大人は子ども同士の感情の橋渡しをしていきます。
 子ども同士の世界や関係性を守りつつ、子どもたちが自らの力で育ちゆく力を信じて「今を生きる」子どもの気持ちに寄り添う保育、それが岸本さんがさとのたねで大切にしている保育なのです。

幼少期に受けた父と母の影響

 四街道で初めて野外保育を作り、現在もさとのたねを運営している岸本さん。彼女の人生を振り返ると、そのすべてが今の活動につながっていました。
 岸本さんが幼少期を過ごしたのは岐阜県各務原市と可児市。とくに可児市は住宅街でありながら、山や森も多く残る四街道によく似た地域でした。生まれて間もない岸本さんは、母親の仕事復帰に伴い、0歳児から人の手に預けられることになりました。当時はまだ3歳以下の保育システムが今ほど整っていなかった時代だったため、保育園ではなく、謝礼を渡して近所の人に預けられ、母親は岸本さんが3歳になるまでフルタイムで働いていました。
 「今思うと、自主保育の小規模版を当時から独自にやっていたんです。びっくりですよね。預かってくれていた人は、とてもいい人で、母親ではないけれど、当時から毎日一緒にいる人として認識していたし、その家のお兄ちゃんや近所の子どもたちとも楽しく過ごしていた記憶が、おぼろげながらあります。母と一緒の幼少期ではなかったけれど、私はとても幸せな子どもだったと思います」
 岸本さんが3歳になったころ、弟の誕生を機に母親が退職し、その後は自宅で書道教室を開くようになりました。そうすると、これまでは自分の子どもを預けてきた母親が今度は、近所の子どもを預かるようになっていきました。書道教室の運営もあって、多くの子どもが訪れ、自分の家でありながら、いろんな人が行き来する場所になっていきました。
 こうした預け預けられの感覚、多くの人に日常的に関わりあう生活が、今の岸本さんの人と関わるスタンスやバランス感覚、価値観を形成していくことになりました。

 自然と戯れる楽しさを知ったのは父親の影響でした。最初の記憶として残っているのは、2〜3歳のころに父親とともに森を訪れた時のことです。多趣味な父親は少林寺拳法や絵画のほかに「如意棒づくり」を趣味としており、その材料を集めるために岸本さんをよく森に連れ出してくれました。
 父親はたくさん趣味を持って、自分の人生を豊かに過ごすことを大切にしていました。母親も子育てをしながら、好きな仕事を持ち、胸を張って生きていました。世間の常識に捉われず、親自身が生きたいように生きる背中を見て育った幼少期でした。
 「父や母から受けた影響が今に繋がっていたのだと感じています」
 自然の中で育つこと、家族以外の大人に見守られること、多くの人との関わりの中で生きること、それが今の活動の礎にもなっていると言います。
 そして、両親は岸本さんのありのままを認め、人生の節目節目で岸本さんの選ぶ道を肯定してくれました。
 「こういった状況を当たり前だと感じていたけれど、いろんな人と関わるうちに、それって実はとてもありがたいことだったんだと気づきました」
 「その選択のあとに訪れる幸も不幸も自身で受け止められるはず」と子どもを信じているからこそ、いつも背中を押して、応援してくれていたのです。「子どもを信じられるかどうかって子育てにおいて、大事なことだと思うんです。そういう両親だったからこそ、私は子どもの心に寄り添う大人でありたい、子どもには子どもの人生を生きてほしいと願うのだと思います」と岸本さんは言います。

神道から人と自然との関わりを学ぶ

 岸本さんは、5歳になるころにはすでに幼稚園や保育園の先生になる夢を持ち始めました。しかし、高校3年生の進路選択の際には、その想いのまま突き進むことができませんでした。
 幼児教育の道に進みたい気持ちはありながらも「この先、知識とスキルを身につけただけで、このまま子どもの前に立っていいのか」という漠然とした不安があったのです。
 保育系の短大も合格していましたが、ギリギリまで悩んで「何かが自分の中に足りない。自分のルーツを考えるきっかけがほしい」と三重県伊勢市にある皇學館大学の神道学科に進む道を選びました。
 そこでは古文書を読み解く授業のほか、人はどこから来たのかといった人間の内面を追求するような授業も多く組まれていました。「すべては森羅万象。自然につながっていて、日本人の信仰は自然からきていることを学びました。万物に神が宿るという考え方です。幼児教育の世界とは全くの畑違いに思えるけれど、こういった学びが今の活動にも大きく関わっていると感じています」
 神道から人間と自然との関わり合いを学び、何を大事にして生きるのか、自分自身の中にある心の柱を太く、強くする大学生活となりました。
 在学中に保育士の資格を取得しつつも、「子どもをたくさん産んで、家が保育園みたいに、母親として子育てをするのもいいんじゃないか」というひらめきから進路を変更。岸本さんは、在学中に出会った現在の夫と卒業半年後に結婚し、夫の祖父母が四街道の開拓民だったこともあり、馴染みのあった四街道に移り住むことになりました。

初めての子育てから野外保育との出会い

 四街道に移り住み始めて約2年が過ぎた平成16年、待望の長男が誕生しました。しかし、初めての子育ては、岸本さんが思い描いていた素敵な子育てとはかけ離れていました。
 好奇心も自己主張も人一倍強かったため、公園や子育て支援センターに行くと、物の取り合いやトラブルが多く、相手の親の顔色をうかがって謝ることも多かったと言います。
 「母親になって初めて、世の中のお母さんって本当にすごいなと思いました。24時間365日いつも母親でいなくてはいけないし、休憩なし。日々めまぐるしく育っていく我が子の姿に喜びを感じる一方で、育児に対する不安や悩み事も月単位で変わっていきました」と岸本さんは初めての子育てを振り返ります。

 子どもと1対1の子育てに限界を感じていた中、出会ったのがプレーパークどんぐりの森でした(まちのストーリーvol.1)。足を踏み入れた瞬間、自然の中を走り回った感触、岐阜の山々の記憶がよみがえり、心が落ち着いたと言います。これを機に、どんぐりの森に通うようになり、スタッフとしても活動するようになりました。
 平成19年には次男が生まれました。長男は好奇心旺盛でアクティブに遊ぶのに対し、次男は慎重で人見知りが強く、どんぐりの森に遊びに来ても岸本さんのそばから離れないような子どもで兄弟であっても性格が全く違い、さらに子育ての奥深さを感じる毎日でした。
 そんなとき、どんぐりの森のスタッフとして参加した視察研修で木更津市にある「木更津社会館保育園」という里山保育を取り入れている保育園に出会いました。
  保育園という場であっても、自然の中に子どもたちを連れ出して、子どもたちが思いのまま過ごすことを保証している園があることを知り、感銘を受けたと言います。
 そこで見た保育の可能性に強い興味を持った岸本さんは、四街道でもこういった活動ができないかと考えるようになり、持ち前の行動力でどんぐりの森で出会った仲間とともに平成22年に「森のようちえん 根っこの子」を立ち上げました。
 根っこの子は、3〜5歳(就学前)の子どもを持つ親子が参加する自主保育型の野外保育です。立ち上げ当初は多くの親子が集まってのお散歩会といったスタンスでしたが、徐々に保護者同士の預け合いが始まり、半年後には自主保育型に整っていきました。運営者でもある岸本さん自身も次男とともに母親として自主保育に関わり、参加する母親としての気持ちも実感する経験となりました。

母親と子どもをつなぐ野外保育へ

 平成23年には長女も生まれ、多忙を極めていた岸本さんでしたが、その後も、野外保育の視察をさらに繰り返していました。何度も木更津社会館保育園に通ったり、様々な自主保育サークルや森のようちえんを運営している場に足を運んだりするようになりました。岸本さんが興味があったのは、自然の中で育つということのほかに、大人の子どもへの関わり方、声のかけ方など、そこに介在する大人の意味や役割でした。いろんな保育の形があり、それぞれが大事にしているスタンスも違います。運営者の数だけ野外保育にもカラーがあることが分かってきました。
 中でも最も衝撃を受けたのが、神奈川県鎌倉市にある「青空自主保育なかよし会」です。1〜3歳(年少)までの子どもを対象にした保育者と母親との協同保育の会でした。
 「子どもたちの顔つきが違ったんです。3歳ぐらいの子でも、いろんな感情を味わってきた顔をしていました。楽しいだけではなく、辛いことや悔しいこと、いっぱい泣いた経験もあったと思います。それを全部ひっくるめて、凛とした表情に感じたんです」

 大人でもひるんでしまいそうになる距離を歩いたり、転んで立ち上がれない子がいると、駆け寄って手を差し伸べてあげたりする子どもの姿があり、1〜3歳という年齢では想像できなかった子どもの生まれ持つ力や心が通い合うような子ども同士のつながりをその場から感じ取ったのです。
 「こんなにも子どもたちに生きる力があるんだと感動しました。そういった機会や環境を与えてあげられるのは、関わっていく大人だとも強く感じました」と岸本さんは振り返ります。なかよし会の保護者と保育者の間には確かな信頼関係があり、子どもの可能性を信じて、関わり続ける保育者の姿がありました。
 この感動を受けて、岸本さんは、これまでの自主保育での経験や学びを活かしつつ、自身が保育者という立場となり、母親と子どもたちをつないでいく協同保育型の野外保育をやってみたいと強く思うようになっていきました。
 その思いが形になったのが平成24年。岸本さんは専任の保育者としてさとのたねの前身「森のようちえん たねっ子」という1歳半〜2歳児を対象にした新たな会を立ち上げました。
 毎回現場にいる保育者として子どもたちの成長を日々のつながりの中で少しずつ感じられることは、岸本さんにとって母親として自主保育に参加していた時とは一味も二味も違った感覚でした。年数を重ねながら子どもたちと日常をともにすることで、これまで見えづらかった子どもの気持ち、子どもの世界観がより見えてました。そして一人ひとりの心の変化や子ども同士の心が響き合う瞬間に立ち会うことができるというのは、岸本さんにとって大きな喜びでした。
 子どもたちが泣いていても、岸本さんは「泣かないで」とは言いません。お母さんから離れたくない気持ちを受け取り、気持ちに寄り添います。「ここは泣いていい場所だよっていつも伝えています。お母さんと離れた場所であっても、自分の気持ちを表現して大丈夫って思ってほしい」

 怒りたいとき、うれしいとき、泣きたいとき、その気持ちに寄り添える大人でありたいと岸本さんは言います。
 そういった岸本さんの考え方や寄り添い方は母親たちの支持を受け、さらに3歳児(年少)のクラスを望む声が高まりました。平成29年、たねっ子は、新たに3歳児クラスを新設するとともに「よつかいどう野外保育 さとのたね」という名称に変えて再出発することになりました。
 活動としては、森や里山のお散歩がメインとなり、そのほかにも畑での作業、四季のイベントがあります。春は筍ご飯を作ったり、夏になると梅ジュースを仕込んだり、冬になるとお汁粉やふきのとうの天ぷらを作ったり、秋には、子どもと父母だけでなく、祖父母や兄姉も加わり、畑で取れた野菜などを使った収穫祭が行われます。
 今の時代、家庭ではなかなか取り入れなくなった行事を自然の中で季節を感じながら行うことで、その行事への取り組みが次の世代に受け継がれることも目的としています。

 また、この年に、1歳半〜2歳児のたね組、3歳児のさと組の通常活動に加えて、月1回日曜日に行われる3歳〜未就学児を対象にしたイベント型の「たねの音」も合わせてスタートし、平成30年には月2回行われる0歳児を対象にした親子クラスの「さとむすび」が新設。よりそれぞれの家庭に合わせた野外活動の場を提供しています。

大人も子どもも自分の「ありのまま」を受け入れることから

 さとのたねでは、日々の活動から見えてくる子どもたちの心の動きや、保育者と当番で参加した保護者たちが感じとったことをミーティングを通じて、全員で共有し合っていきます。子どもたちが野外保育を通じて、仲間と心を通わせていくのと同様に、大人たちも密なネットワークを育んでいくことも岸本さんの狙いでした。それは単なる保護者の集まりではなく、子育てを通じて信頼し合える同士といった深くて温かなつながりです。

 子どもの小さな変化や成長とともに喜びを分かち合いながら、一方でそれぞれが抱える悩みや痛みがあれば、受け止め、お互いに支え合い、心の拠り所となる場を築いています。岸本さんは、そんな痛みを抱えた母親らの心にそっと寄り添い、「一人じゃないよ」「あなたはあなたのままでいい」と伝え続けています。人に迷惑をかけてはいけないと気を張っている人、一人で頑張りすぎな人、親としての責任から必要以上の重荷を背負ってしまうことは、多くの人が経験することです。それでも一人ひとりが完全でなくてもいい、人は不完全であるからおもしろいし、そこから助け合いが生まれるのだと岸本さんは考えます。
 「親になるって自分以外に大事なものが増えることですよね。親になった以上、子育てからは逃げられない。だからこそ、自分の気持ちと向き合わされることになって、辛くなることもあります。でも、子どもの幸せを願わない親はいません。大事に思っているからこそ思い悩む。辛くなっても、お母さんたちには自己否定をしないでほしいんです」

 親子、特に母と子の関係は切っても切れない非常に密接で特別な関係です。その関係性をうまく作り続けることは難しいことでもあります。自分が子どもと格闘しているだけでは、現状を変えられないかもしれません。密接だからこそ一体化しすぎている親子関係を温かさを感じられる人とのつながりの中で解きほぐすことが打開の糸口になるはずです。
 人との関わりの中で子どもの様々な側面が見え、いろんな子ども、いろんな人がいることを知ることで、近すぎて見えなかった子どもの気持ちや生きる力が見えてきます。信頼し合える関係を築き、親子は縦糸、仲間は横糸、そういった網み目の中で子どもを育てていくことがさとのたねの目指す保育の形です。
 目の前の子どもと自分のありのままを受け入れること、そして子どもも親も周囲に愛されていることに気づいていくことができたら子育てがもっと楽になる、そう岸本さんは考えます。

幸せは人とのつながりの中にある

 岸本さん自身も現在14歳、11歳の男の子、7歳の女の子のお母さんという立場です。多忙を極める岸本さんに対して、3人の子どもたちは、「お母さん、楽しそうだね、頑張っているね」と言うそうです。
 岸本さんでも家庭のことが後回しになったり、ついイライラしてしまうときや笑顔でいられないときもあります。でもそれ以上に、子どもたちは岸本さんが充実感をもって楽しそうにさとのたねに関わる姿を長い間一番近くで感じてきました。だからこそ、自分らしく生きるお母さんを応援したいという気持ちで見守っていてくれるのです。
 これは岸本さんだけの話ではないはずです。子どもは、親の行動、気持ちの変化など些細なことでも、敏感に感じ、観察しています。そして、大人の在り方が子どもにも影響を与えていきます。
 外で働いている人も家事を大事にしたい人も、日々の生活、仕事、趣味など、自分の軸を持ち、自分らしく生きることを大事にしていれば、そういった姿を見た子どもたちもきっと、大人を応援してくれるのではないでしょうか。
 幸せを感じる瞬間は人それぞれです。でも、幸福感というのは、必ず人とのつながりの中にあるはずだと岸本さんは言います。親と子、子と子、人と人との心が響き合うことの中に幸せがあります。自分が幸せであることは周囲の幸せにもつながります。
 さとのたねは、親と子の関係性の土台を作る場であり、仲間を得て大人も子どもも育ちあう場です。その仲間との関わりの中にきっと、子育てを楽しむエッセンスや幸せを感じる瞬間があるのです。

取材・記事:村井暁子