まちのストーリー

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大人が集う「遊び場」からNPO法人四街道サンデー木工倶楽部 木楽会/理事長 亀田進也さん

ダイジェスト映像/MUSIC:BGM LAB.

 車通りの多い国道51号線沿い、そこから脇道に入り、ほんの少し道を下っていくと、森林の中に広々とした作業場が突然、姿を現します。そこには木を切るノコギリの音、叩くノミのリズムなど様々な音色が響きます。充満する木の香りとともに、老若男女入り混じり、木工作業に取り組む多くの人の姿。夢中で作業する人たちのパワーと年月を感じさせる活況があります。ここが国道沿いだということを忘れさせるような異空間です。
 ここは、毎月第1・3日曜日に開催されるサンデー木工倶楽部。四街道市内はもちろん、千葉市、佐倉市、八千代市などの県内各所から会員たちが集います。県内にとどまらず、神奈川県などの遠方から駆けつける人もいるそうです。多くの人を引き寄せるこの倶楽部の持つ魅力は何なのでしょうか。
 趣味の会のサンデー木工倶楽部、そしてサンデー木工倶楽部から生まれ、子ども達の遊具の制作、古民家の修繕、家屋のリフォームなど趣味の域を超えたボランティア活動に尽力するNPO法人「木楽会(きらくかい)」について代表の亀田進也(かめだ しんや)さんのお話とともにご紹介していきます。

作業場が語るサンデー木工倶楽部の歴史

 このサンデー木工倶楽部を語る上で欠かすことのできない人物が岡田昭五郎さんです。木の「軸」を組み立てて建物を支える日本の伝統的な工法である在来工法を専門とした、地域では名の通った大工の棟梁でした。
 弟子を7人育て上げたあと、50代後半には第一線の仕事から退き、建材屋の仕事を始めた岡田さんは、地域の人の要望に応えて、体の空いた時間を利用し、木工作業を教えるようになりました。これが趣味の会として1984年に誕生したサンデー木工倶楽部です。
 立ち上げ当初集まった人数は7~10人程度。この年、岡田さん自身の土地に作業場の第一号が作られました。「指導をする岡田さんは、会員にも弟子を育てるかのように、厳しく指導していました。でも木工に関心のある人たちばかりとはいえ、やはり素人。徐々に口ぶりも優しくなっていきましたし、教え方も丁寧になりました」と倶楽部設立の3年目から加入した亀田さんは言います。

 当時、新聞に掲載されたサンデー木工倶楽部の特集記事を見て、木工に興味を持ったという亀田さんは「私が入った頃というのは、週休2日制がスタートした時期で、月に8日以上が休みになりました。ものづくりが好きだったこともあって、趣味を増やしたいという思いから参加してみたんです」と加入動機を振り返ります。こういった時代の背景もあり、定年を迎えた時間に余裕のあるシニアだけにとどまらず、働き盛りの男性を引き寄せることになりました。
 「もともと日曜大工がすき」「木工に興味がある」「家の修理を自分でしたい」と思っていた人は、潜在的に多かったのでしょう。〝教わる場〟や木工の世界に踏み出すきっかけを求めていたのかもしれません。新聞広告、チラシといった宣伝も功を奏し、毎年15~20人ずつの募集で徐々に人数が増えていきました。
 はじめは1つだけだった作業場も人数が増えるにつれ手狭になり、会員たちの手で作業場を新たに増築していきました。はじめはハイレベルな技術を要する箇所は岡田さんがやっていましたが、年々技術を身につけた会員たちが難しい加工などもこなしていくようになりました。
 その時々にいた会員たちの手で新たに1つ、もう1つと作業場を増やしていくうちに、作業場は6棟にまで拡張され、多い時期には会員が130人を超えました。30年を超える倶楽部の歴史、自分たちの手で作り上げたという愛着、多くの人がそこを利用してきた温かみを感じる作業場となりました。

プロの技を学ぶ場

 ここでは、機械ではない昔ながらのノコギリ、ノミ、カンナといったプロの大工が使う専門の道具を会員それぞれが購入し、使い方や手入れの仕方を一から教え込まれるのが特徴です。「経験年数に応じた班分けで教習を行っており、1年目は、道具の手入れと扱い方の基礎教習が主です。2年目になるとハシゴ作りに挑戦します。ハシゴは木工作業に関する総括的要素が数多く入った格好の題材なんです」と亀田さん。

 独自に趣味で木工をやっていた人でさえ、入った当初はプロの道具の扱いに苦戦します。ですが、1、2年経つと見違えるように腕が上がっていき、3、4年かけて一通りの道具の扱いや流れが分かってくるといいます。
 「道具として一番扱いが難しいのはカンナなんです。このカンナが使えるようになると、出来上がったものも見違えるように良いものができます。完成度が上がってくると、より楽しくなっていきますので、急激に腕が上がります」

 かつては岡田さんが直接指導にあたっていましたが、高齢となった今は、技術を習得したベテラン勢が経験の浅い人を指導したり、岡田さんの最後の弟子にあたる岡田清さんが監督するなど、プロの技を多くの人が受け継いでいます。
 この作業場は、会員であれば教習日以外にも使うことができ、都合のいい時に訪れ、自分の好きなものを加工し、独自に腕を磨くこともできる開かれたスペースでもあります。

 「ここは、私たちの遊び場のような場所ですけれど、そういう場所を岡田さんが提供してくださっている事に本当に感謝しています」と亀田さんは言います。教習以外にも会員同士のコミュニケーションや親睦を大事にしており、「あそこに行けば、誰かがいる」といった共通の趣味を持った憩いのコミュニティの役割も果たしているのでしょう。
 会員は退職後の余暇を楽しむシニア男性が多いものの、30代、40代の働き盛りや「自分の家で使う棚を作れるようになりたい」といった具体的な目的をもって参加する女性も多く、幅広い世代の男女に親しまれています。

 入会の受付は年に1回で、毎年3月に開かれる説明会に参加すれば、4月から入会することができます。見学は教習日であれば、常時受け付けしているとのこと。
 「趣味の世界ですから、定年後ではなく、現役で仕事をなさっている方が若いうちからみっちりと色んな作業を見たり、覚えたりするのが理想ですね」と亀田さんは若い層へ呼びかけます。
 幅広い世代へ門戸を開き、プロの技術を伝授するサンデー木工倶楽部。そこに行けば、木の温もりを感じながら自分で作り上げる喜び、ものづくりの楽しさを得られるはずです。

趣味から社会貢献へ

 長年、サンデー木工倶楽部で活動を続けていると、技術を身につけた会員たちは、より高みに挑戦したいという思いや、ここで得たことを活かして社会に貢献したいという思いが沸き上がってきます。
 ボランティア活動を始めるにあたって、必要になるのは多岐にわたる技術と経験です。1997年には、木の加工だけではなく、建築の様々な要素を学ぶために、作業場にある手洗い場(水洗トイレ)を一から作り上げる計画が始まりました。
 建物のモチーフとしたのは、北茨城・五浦にある岡倉天心の六角堂や奈良・法隆寺の夢殿という八角堂でした。岡田昭五郎さん自身がこれまで六角形の建築物を扱ったことがなかったという点、八角堂より難易度が上がるという点で六角堂への挑戦に決まりました。
 基礎、土台、柱、屋根など建物そのものだけでなく、電気、水道、下水といった環境設備まで整える必要があり、建築のすべてを網羅するチャレンジとなりました。会員の中には電気関係や水道関係といった仕事をしている人もいましたが、建築に関しては全くの素人。知識と技術を寄せ合い、立派な六角堂の手洗い場が3年の月日を経て完成しました。

 ここで得た経験はのちに立ち上げる木楽会の活動へつながるものになります。
 「ボランティアをやる場合、ドアの修繕、増築といった家屋に関する内容の作業が予想されましたし、建築について総合的な経験が必要でしたので、これを1つのサンプル、訓練として作り上げました」と亀田さんは振り返ります。 社会貢献をする市民活動を始めたいという会員たちの思いは高まり、技術向上のための実体験という経緯を経て、2002年NPO法人四街道サンデー木工倶楽部 木楽会が誕生しました。

感謝の気持ちが最大の報酬

〝木の温もりを大切に…木の心地よさを生かせる…そんな仕事を手掛けていきたい。気軽に楽しくささやかにお役に立てれば…〟そんな想いから、立ち上げたNPO法人は「木楽会」と名付けられました。 
 メンバーは、四街道サンデー木工倶楽部の会員の中から技術と経験を持った人たちを中心に構成されています。
 設立から15年以上経つ木楽会は様々な声に応えて、長年の経験で培われた木工や建築の技術の腕をふるっています。初めて木楽会として取り組んだものは山梨小学校のアスレチック遊具の修繕でした。その後も公共施設などの維持、管理、修繕をはじめ、四街道市役所前や運動公園前の説明看板やベンチの制作、中央保育所のアスレチック遊具やおもちゃの制作なども行ってきました。そのほか、大人や小学生を対象にした木工教室の開催なども積極的に行い、取り組みをPRすることにも力を入れています。

 「子どもたちが作った制作物を持って帰って、『自分たちの作ったものを大事に使っていますよ』という話をあとから聞いたりすると、私たちもやっていてよかったなと嬉しくなります」と亀田さんは目を細めます。

 木製のおもちゃや道具に触れる機会が少ない子どもたちにとって、木工教室は木の温もりを感じ、ものづくりの楽しさを育める絶好の機会になっているようです。
 こういった公益事業のほかに高齢者世帯や地域住民に対して住宅の環境改善、修理保全などにも力を入れています。自宅のバリアフリー化や簡易リフォームの要望もあり、近頃多いのは高齢者の住宅で布団からベッドに変えるために、畳をフローリングに変えるリフォームが増えています。
 「依頼者から頼まれてする作業ですから、なにより安全性を重視しています。私たちはプロではないので、作業時間もプロの倍はかかっていると思います。でも安くて適当なものではなく、全力を尽くして良いものを作りたいといつも心がけています」と亀田さん。
 プロではないと強調しながらも、安全面に細心の注意を払い、使い勝手やほころびに目を配るその姿はプロの目そのもの。出来上がったものは使う人に寄り添った〝まごころ〟が伝わるものばかりです。
 依頼者からは材料費や交通費などの経費を負担してもらうのみで、作業費は無料。木楽会として報酬を受け取りません。
 「作ったものを喜んでもらえたり、感謝していただけたりすることが最大の報酬です」
 亀田さんの言葉からは、ものづくりを楽しむ心と社会貢献しているという誇りを感じます。

飽くなきチャレンジ

 数年前からは新たなチャレンジとして、古民家などの古い木造建築物の改修に取り組んでいます。
 ことの発端は佐倉市にある150年前に建てられた古民家を正慧寺(しょうけいじ)の住職である茂木一圓(もてぎ いちえん)さんが購入し、私財を投入して維持したいという声を聞いたことから始まりました。木楽会のメンバーはその心意気に感銘を受けて、この改修に協力することになりました。
 人が住まなくなって10年以上が経過して、シロアリ被害や木のゆがみなど荒れ放題の古民家でしたが、もともと使われていた材料に、いい材木を使っていたため、「これなら手入れをすれば、使える!」と判断した木楽会メンバーたちがコツコツと修繕し、5年の歳月をかけて改修していきました。
 現在その古民家は、正慧寺の安養院という名前で法事の際に使われるスペースや寺務所といった使われ方をしています。その他、同じ敷地内にある納屋を座禅堂に、豚小屋を簡易の宿泊所に改修し、地域の子どもたちの合宿などに役立てているそうです。
 改修された安養院の姿は、150年の歴史が持つ壮大な迫力とともに木楽会の高い志を感じさせる建物となりました。木楽会は、これからもこういった古民家を使用可能な状況に復帰維持改善することで「日本古来の建築文化」を守り伝えたいと考えています。

 木楽会の母体で、30年以上プロの技を伝え続けるサンデー木工倶楽部は、これからも木工作業やものづくりの楽しさを多くの人に感じてもらう場であり続けることでしょう。そしてその精神とともに、社会貢献という大きな目的の中で、ものづくりの楽しさを存分に感じながら活動をする木楽会。いつの時も新しい技術を求め、学び続ける彼らのチャレンジもまた、終わることはありません。

取材・記事:村井暁子

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