まちのストーリー

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誰もが笑顔であいさつを交わせるまちに四街道市国際交流協会/会長 米家靖子さん

ダイジェスト映像/MUSIC:BGM LAB.

 日々の生活の中で、外国籍市民の多さに気づくことがありませんか。東南アジアの若者、ヒジャブ(イスラム圏の女性が頭に巻く布)をまとう女性、そして遠くから聞こえてくる外国語の会話。様々な国の人たちが、四街道にいることを感じます。
こういった変化の中で、外国籍市民との関わり方が分からず戸惑うことがあります。それは誰もが感じる事かもしれません。
 四街道市国際交流協会(Yotsukaido Cross-Cultural Association 以下YOCCA ヨッカ)の会長・米家靖子(よねや やすこ)さんは言います。
「その戸惑いは「相手のことを知らない」ことが原因ではないでしょうか。お互いが文化の違いや行動の意味、宗教に対する理解を深め、それぞれが笑顔であいさつを交わせるまちにしたい。それが私たちの活動の目的です」

 2007年時点で約1000人だった四街道市に住む外国籍市民は、2018年10月時点で約2200人と倍増しており、この10年の間の急激な増加に驚かされます。人口に占める割合でいうと約2%、市内に住む50人に1人が外国籍市民という計算になります。
 「四街道は千葉の港や成田国際空港に近く、大きな幹線道路も通るという交通の便の良さに加え、土地が安く買えて新しく事業を始めやすい」という声が多く、立地面の優位性が四街道に多くの外国籍市民を引き寄せている1つの要因と言えます。
「中でも特筆すべきなのがアフガニスタン人の多さです。アフガニスタンの人は仕事で一定の成功を収めると、妻や子ども、親族などを一斉に呼び寄せ、一族で会社を大きくしていくという傾向があるため、ここ数年の増加率は著しいものがあります」と米家さん。
以前は外国籍市民の中でも中国、韓国、台湾といった東アジアの出身者が多くを占めていましたが、めいわ地区に外国籍市民の技術訓練所ができ、ベトナムの若者たちのコミュニティも形成されています。語学教師、解体業、シェフなど、仕事や生活もそれぞれ違います。様々なバックグラウンドを持つ様々な国籍の人が四街道を拠点に生活をしているのです。

YOCCAの活動内容

 四街道市に住む日本人、そしてこれからも増え続けるであろう外国籍市民にとって、よりよく生活していくために、YOCCAの担う役割もまた、時代とともに多くなっています。
 YOCCAは、アメリカ・カリフォルニア州・リバモア市との交流を図ってきた「四街道・リバモア姉妹都市市民の会」と、外国籍市民の日本語学習支援と文化交流を目的として設立された「四街道国際交流友の会」という、2つの団体が1つになる形で2011年に設立されました。
 「〇〇(地名)International Association」という英語名で活動している国際交流協会が多い中、四街道市国際交流協会は、「自分たちがこれからやっていきたいことを名前で表したい」という思いから、Cross-Cultural(文化交流)を英語名に入れました。四街道に住む様々な人たちがそれぞれの文化を認め合っていくという願い、そして、協会としてその交流の手助けをしていきたいという決意が込められています。
 現在のYOCCAは4つの部会で成り立っています。1つ目は、リバモア市との交流事業を手掛ける姉妹都市部会、2つ目が外国人向けの日本語学習をサポートする日本語学習部会、3つ目が市民に国際交流の機会を提供する交流部会、4つ目が公の機関から依頼された通訳や翻訳を手掛ける通訳・語学研修部会です。その他にも、外国籍市民の日々の困りごとや英語学習の相談なども事務局が窓口となり、丁寧な対応をしています。中でも姉妹都市事業と日本語教室はYOCCAの活動の二本柱です。
 こういった多岐にわたる活動を手掛けているYOCCAですが、この活動のほとんどが無償ボランティアで成り立っています。
 「社会貢献をしたいという気持ちが第一。行政の目の行き届かないところをボランティア団体だからできるような、きめ細かい手助けをしたい」と米家さん。自分たちの活動の質を保ちながら、社会に貢献していくという高い意識、プライドを持って活動に取り組んでいるのです。

リバモア市との姉妹都市事業

 1977年、市民同士の友人関係から大きく発展し、アメリカ・カリフォルニア州にあるリバモア市と四街道市は姉妹都市として縁を結ぶことになりました。そのときにできたのが四街道・リバモア姉妹都市市民の会です。
 リバモア市との姉妹都市締結から2017年で40周年を迎えました。高校生の交換留学のサポートから始まり、2002年からは中学生による1週間の短期交換留学が定着。市から委託を受ける形でこの事業を行っています。毎年20人ずつ交換留学をし、2018年現在までのべ303名の四街道市内の中学生がリバモア留学を体験しました。
 多感な時期の留学経験は、学校と家庭といった限られた生活空間を飛び出し、世界を大きく広げてくれるきっかけになります。「たった1週間の滞在ですが、ホストファミリーと長い時間を過ごし、現地の中学校に通うことで、別人のように変わったという声をご家族からいただきます」と米家さんは言います。
 留学をきっかけに、アメリカ人という大きな枠組みではなく、名前のある個人と個人のつきあいを知ることで、英語習得への意欲も高まり、文化への理解がより深まります。こうした経験から「お互いの国のために活躍したい」という夢を持つようになる子どもが多く、英語を活かして空港での仕事に就く人、海外の大使館で仕事に就く人、海外で医者として活躍するための勉強に取り組む人、国連で仕事をするために大学院に入る人など、明確な目標が生まれ、その後の人生を大きく変えることも少なくありません。
 「人や民族を1つのかたまりとして見ず、コミュニケーションをとる。こういったことができれば、国と国の問題を平和的に解決する知恵を絞りあえる世界になるのではないでしょうか」
 コミュニケーションの難しさ、楽しさを感じながら、国際的に活躍できる人材になってくれればと米家さんの願いは膨らみます。

外国籍市民のための日本語学習サポート

 外国の方が日本に住んで困る事のひとつが、言葉が通じないことだと言います。言葉が分からないから、生活の至る所に支障が出てしまいます。だからこそ日本語を学んで、円滑に日々の生活をおくりたい。これが切実な願いです。
 外国人のための日本語学習サポートは、もともと1998年に設立された四街道国際交流友の会が行ってきました。2011年にYOCCAへと引き継がれ、近年の外国人の増加に伴い、現在は週に5日開講しています。
 2017年は1年間で約150人の方が受講し、中国、台湾、アフガニスタン、インドネシア、フィリピン、ベトナムの方など国籍は様々。夜の教室には仕事を終えた男性が多い一方、日中の教室には子どもを連れた女性が多いなど、それぞれの教室ごとに雰囲気も変わります。

 「語学のサポートのみならず、生活の相談にのったり、一緒にそば打ちパーティーを楽しんだりしています。語学学習が終わっても受講者だった人がOB・OGとして来てくれるなど、和気あいあいとした雰囲気です。日本における家族のような感覚でいてくれているのが嬉しいです」と米家さんは笑顔を見せます。
 毎年10月の社協まつりでは、ここで学ぶ外国籍市民と日本語指導のボランティアスタッフとが一緒になって「ワールドキッチン」と題し、それぞれ母国の料理を販売するのが恒例になっています。
 「毎年大人気で昼前には完売してしまうほど。日本語指導のボランティアさんと外国籍市民のみなさんの絆を感じる熱気にあふれたイベントです」

 外国人をサポート、指導するボランティアスタッフは昨年だけで約70人が参加しました。退職後、時間に余裕のあるシニア、主婦、海外在住経験のある方など、顔ぶれは様々です。外国語を話せるスタッフは限られていますが、教室では〈にほんご〉を使って、手作り教材やイラストなどを交えながら、学習をサポートしています。
 また、そのほかには市内の小中学校に通う外国籍児童のサポートや日本語指導のためにボランティアスタッフの派遣も行っています。
 日本語教室で学ぶという事は、単に言語を習得するだけではありません。生活していく上で関わっていく、多くの日本人と心を通わせることに繋がるのです。
 「日本語力の習得だけではなくて、生活していく上での不安を和らげ、イキイキと暮らしていけると実感できる場所になっているんじゃないでしょうか」
 YOCCAの日本語教室をきっかけに多くの外国籍市民に笑顔をもたらしてきたという手ごたえを語る米家さんは、さらにこう続けます。 「国際交流で最も避けたいのが、不安だからといって遠ざけてしまうことです。その不安を解消するために、外国籍市民はもちろん、手助けがしたくても、どうしたらいいのかわからない方や外国籍市民との関わりを持ちたい日本人の方もYOCCAをどうぞ利用してください」
 人口に占める割合は2%と小さな声かもしれませんが、切実かつ重要な外国籍市民たちの声に耳を傾け、サポートしているYOCCA。さらに、外国籍市民の声を行政に届けたり、行政の活動のサポートに回ったりと様々な角度から外国籍市民を支える活動ができるのも、ボランティア団体だからできることなのかもしれません。

イギリス在住経験が大きな転機に

 「私のスケジュールはYOCCA抜きに考えられません」
 誇りを持ってYOCCAを運営する米家さんですが、この活動にのめり込むようになるまでどのような歩みがあったのでしょうか。
 愛媛県松山市で生まれ育ち、言葉や本が大好きな米家さんは、大学は理学部を専攻しつつも卒業後はNHK松山放送局の契約アナウンサーとして勤務。朝のニュース番組でニュースを読んだり、報道班として取材や編集などをサポートしたりと、3年間忙しい日々を過ごしてきました。
 その後、結婚を機に上京し、2人の男児を出産。33歳のときに夫の仕事の関係で3年間をイギリスで過ごすことになりました。
 6歳、4歳だった息子たちは現地校に通って、みるみると英語を習得し、米家さん自身も英語学習に加え、子どもの学校とのやり取りなどのコミュニケーションをとる中で英語力を確立。充実した毎日を過ごしました。

 ここで培われた英語力が今の活動につながっていることは言うまでもありません。さらに、海外生活の中で、自分自身が外国籍市民としてイギリスで過ごした経験、周囲のイギリス人たちにサポートしてもらった感謝の気持ちがあるからこそ、四街道に住む外国籍市民の手助けがしたいという思いが人一倍強いのかもしれません。

YOCCAは人生の一部

 帰国後は千葉市での生活を経て、家の購入を機に四街道にやってきました。
 今の活動をスタートさせたのは、四街道市に移り住んで間もない40歳のころでした。友人の「イギリスに住んでいたのなら英語が話せるでしょ」という何気ない誘いがきっかけとなり、四街道・リバモア姉妹都市市民の会に入会。翻訳や通訳などの役割を任されるようになりました。
 2004年には米家さんが中心となって立ち上げた英会話教室が始動。その教室はYOCCAの英会話教室として引き継がれ、2クラスから5クラスと定員を増やしても、つねに空席待ち状態の人気の英会話教室へと成長しました。
 「生徒が集まらず、胃の痛い時期もありましたが、ボランティアとして活動することの充実感、社会に対しての責任感、そして運営していく上で知恵と工夫が必要な事も学んでいきました」と米家さんは振り返ります。
 2011年YOCCA設立後は、通訳・語学研修部会長として4年、2013年からは副会長を兼務し、2015年に会長の職を引き継ぎました。
 YOCCAを立ち上げて間もないころは、事務所に常駐するスタッフも乏しく、訪れる相談者も少なく寂しい時期もありましたが、今では開所時に2~3人のスタッフが常駐できるほど人材も充実してきており、市内のボランティア団体や、市の職員、転入してきた外国籍市民、旅行者、ボランティアに参加したいという若者、退職後の活動の場を求めるシニアなど、事務所に入りきらない人数が訪れることもあるほどです。
 「YOCCAは私の人生の一部になっていますね。誰かと誰かを繋いだり、不安に思っている人たちの気持ちを解きほぐすことができたり、社会貢献をしたいけど自分ではどうしたらいいかわからない人へ活躍できる場所を提供したり、そんな仕事ができていることは本当に幸せだと思っています」
 YOCCAを引っ張る米家さんの華のある存在感、明るい笑顔、そしてコミュニケーションを大切にする姿勢がYOCCAに活況をもたらしているのかもしれません。

あふれる向上心

 現在は、2人の息子も独立し、会長としての役割に邁進する米家さん。「個人的に日本語を教えるための勉強をもっとしていきたいです」とあふれんばかりの向上心を持ち続けています。
 YOCCAとしても近年は、交流部会で子ども向けやシニア向けの企画、世界の料理教室や外国映画を観賞するYOCCAシネマシネマ、外国籍市民がゲストスピーカーとなり、様々な世界の文化を語る講演会といった新しい企画を打ち出すなど、様々なチャレンジを続けています。
 さらには、他の市民団体やボランティア団体とのコラボレーションもあり、幅広い活動を展開することにも積極的です。国際交流を楽しんでもらうと同時にYOCCAそのものを知ってもらう機会を多く作ることが重要で、活動に賛同した人がボランティアスタッフに興味をもってもらうといった良いサイクルも生まれています。

日常と非日常の国際交流の先にあるまちの姿

 ボランティア団体としての誇りを持ちつつ、つねに新しいチャレンジを続けてきたYOCCAですが、リバモアと市内の中学生の交換留学をサポートをする姉妹都市事業をはじめ、英語を学びたい日本人をサポートし、外国籍市民との関わりを求める日本人を繋ぐ、そして日本に住む外国籍市民に寄り添っていくというスタンスは変わりません。
 日本人が外国へ行く留学、日本にいる外国人が利用する日本語教室、YOCCAの柱となる2つの国際交流について米家さんは言います。 「姉妹都市リバモアへ留学に行くという国際交流は非日常です。それに対して外国籍市民が通う日本語学習の教室というのは日常の国際交流なんです」
 留学という華やかな国際交流はとても特別なことです。多くの人が「自分も」と羨むことかもしれません。ですが、日常に目を向ければこの四街道にも多くの外国籍市民がいるのです。特別なことがなくても、お互いのことを知ろうと一歩踏み出してみれば、それがすでに国際交流の始まり。
 非日常の留学のような体験も「海外へ行ってお世話になった人たちにまた会いたい」「英語を活かした職業に就きたい」という意識が芽生えれば、それもまた、やがて日常の国際交流につながります。 「ひとりでも多くの市民に日常と非日常の国際交流の機会を作り、誰もが笑顔であいさつを交わせるまち・四街道の実現を目指しています」
 米家さんの言葉は、ことさら熱を帯びます。

 人種や国籍という枠を越えて目の前にいる「そのひと個人」と向き合い、お互いの「知らない文化」「知らない習慣」「知らないこと」をコミュニケーションの中で伝え合う、それこそが誰もが安心できる心地よいまちであり、不便を感じない当たり前の生活へとつながります。
 「誰もが笑顔であいさつが交わせるまち」、それはその人それぞれの個性やアイデンティティを尊重し、認め合うまちです。まずはお互いを「知る」ことから、始めてみませんか。人種や国境を越えた温かなコミュニケーションがそこにはあるはずです。

取材・記事:村井暁子

宝くじ助成金で作成しています。
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