大日五差路の近くに、かつて栗原澱粉工場があった。現在の焼肉店「赤門」の真向かいに当たる。図は1953年5月頃の工場の様子。
澱粉はパンに混ぜられ、増量材として、また、お菓子の原料として使用された。食料事情が好転すると、使用料が減じ、工場は閉鎖に追い込まれた。すりおろしたイモから澱粉を得るための沈殿池はそのまま保存され、恰好のプールとしてまちの子どもたちに開放された。確かガリ版刷りの10円利用券で、かなりの時間遊べたらしい。
その後自衛隊員も、ここでときどき水泳の練習をしたという。現在、跡地は完全に整地され、大きなマンションが建っている。