まちの記憶

まちの記憶は、四街道市内のかつての風景と、
その場所にまつわるエピソードを添えたコラムです。
四街道市に生まれ育ち、その地で70年以上暮らしている画家の福田芳生が、
記憶をたどりながら描いた色鉛筆画とテキストで綴ります。
(絵・文 福田芳生)

#3

元佐原信金前にあった
歩道橋

2002年頃の様子

1962年、現在のイトーヨーカドーの近くに、初めて鉄筋2階建ての四街道中学校が完成した。それまで、陸軍野戦重砲兵第4連隊の薄暗い兵舎で、学ばなければならなかった。生徒たちの喜びは大変なものだったろう。

まちの発展とともに、交通量が増し、生徒の安全を考えて、佐原信金(現在のトヨタレンタカー)前から、中学校正門に達する歩道橋が設置された。学校が和良比に移転したため、2005年2月末に撤去された。懐かしい風景が消えていくのは淋しいことだ。図の右端に私(福田)の自転車がある。

#2

小名木川の遠田橋と
山梨小

2006年頃の様子

日本の6月上旬は野山の緑が最も美しい頃。小名木川を挟んで、図右側の森は鹿渡地区、左は山梨地区になる。図の奥に遠田橋、そして山梨小学校がチラリと顔を覗かせている。

川面には水草が繁茂し、いつまでも眺めていたくなるような、心和む風景だ。

川の垂直な壁をカミソリ護岸と呼ぶ。ひとたび川に落ちると、這い上がることは不可能だった。そのため、全国各地で不幸な事故が起こった。

そんな水難事故を防ぐため、川の両岸を固める石垣は傾斜を緩くし、子どもや犬が落ちても、すぐ這い上がれるように改良された。川岸の小道は市民の散歩道として、愛されている。

#1

元警察の並びにあった
洋品店ヤマヨ

2002年頃の様子

JR四街道駅北口の大通りを、イトーヨーカドー方向に進むと、かつて警察の並びに、洋品店ヤマヨが見えて来たものだ。現在の四街道1丁目6番地付近に当たる。

本店は市原にあり、図は四街道支店ということになる。店の前には赤い大売り出しの幟が幾本も立ち、賑やかだった。近所の奥さんたちが店員として働いていた。大型量販店の出現で売上が落ちたのか、2014年春頃閉店した。その後、学習塾になった。

そして、右側の近江産業の建物も、カワラ屋根の立派な須藤材木屋さんの家も今は無い。

このヤマヨの正面に、大きなサクラの古木があった。花の咲き具合を見て、四街道の開花宣言を行ったものだ。2000年に入って間もなく姿を消した。太い幹が腐って来て、いつ倒れるか危険だと言われていた。